伊美神社別宮陰陽神

国東 伊美神社別宮にある陰陽石。

陰陽神由来略期
人皇第58代光孝天皇仁和二年山城の国男山石清水八幡宮の御分霊をこの地に勧請のみぎり、随伴した隋神司官藤原朝臣桐畑左京大輔盛重は、爾来この地に在住し神明奉仕のかたわら、特に医術に長じ庶民の難病を療した功績は多大で、没後、別宮社創祀功労神として、今熊宮に奉祀されてより、縁結び、子授け、安産、諸病平癒の神として広く崇敬され、女性は頭髪、男性は男根を彫刻して、献納祈願することとなった。現陰陽の神は献納男根の最大のもので、台石が女陰となっている。
 願主は伊美隋一の名石工に命じ現物の模写等数多の秘話や逸話を残して完成された逸物であるが、一時は風紀紊乱の謗りをうけて、土中埋没や海中投棄されたが、その行為者はことごとく局部の激痛や高熱に苦悶する等の神罰に遭い、恐擢その非を悔いて此処に復座奉鎮したものである。
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