神代文字岩


 仏教文化の里として全国的に知られている大分県国東半島。 この山中にて一つの歴史的な?発見があった。 その発見とは漢字以前の文字、いわゆる神代文字が彫られた巨石の存在が報告されたのである。 報告した地元の住民である溝部安司さん(70)の話では、60年前の子供の頃、 山で遊んでいたときにこの巨石の文字に気がついた。最初は岩にミミズが這っているのかと思ったが、 なぞってみるとそれは岩に刻まれた奇妙な記号であったという。 後年、山歩きがてらにその岩を探してみると、やはりその頃の記憶の通りその岩は存在していたのだ。
 場所は大分県国東郡国東町の某里山の山中。 雑木がうっそうとおい茂る細い山道を登ること30分ほどでその巨石に出会えた。 周囲約3・5メートル、高さ約1・5メートルの北面に刻まれた奇妙な文字がいきなり目に飛び込んできた。文字数は15文字。神代文字で「トミアキタラシナカオキテンノウ」と読むという。


南面には35文字。神代文字である神宮文字と阿比留文字の組み合わせで、
 そ こをやき
 よ きちほれ
 し もとく
 ひわのかみのりよ
 し ふきあえす
 ね つきよだい
 てむだ
『この場所を焼き、大地を耕せ。霜害に遭わぬよう太陽神を祀れ。これは不合25代天皇の言葉である』という訳になるらしい。つまり焼き畑農業のすすめを記したものらしいのだ。  大分県には『上つ記』(大分県立図書館蔵)という神代文字で書かれた古文書が存在している。『上つ記』というのは、天保2年(1831年)、豊後国大分郡大分町に住む国学者である幸松葉枝尺(さきまつはえさか)により、旧家から発見された古文書で、全文記号のような奇妙な文字、いわゆる「神代文字」というもので綴られていた。時代は鎌倉、編纂者は豊後大友家初代能直となっている。「神代文字」で書かれた古文書の「新治の記」、「高千穂の大宮司の伝書」、「日向国主元雄の伝書」を基本に各地の古文書を総合したものである。「山人族」の研究で著名な三角寛博士の研究によると、『上つ記』の神代文字は「豊国文字」といわれるもので、古来よりサンカと呼ばれる独特の社会を形成し山々を渡り歩く民、山人族のあいだで用いられていたものであるということが判明した。また、さらに驚くべきことに、ウエツフミの編纂者である大友能直が「豊国文字」でかかれた古文書を奪うべく1600人もの山人族を虐殺したという言い伝えを得ることもできたのだ。つまり、元々は山人族の伝承であるということなのである。この古文書に書かれている内容と巨石の文字を照らし合わせてみると、実に驚くべき一致を見た。『古事記』では、神武天皇が初代天皇ということになっているが、『上つ記』によると神武天皇以前に72代にものぼるウガヤフキアエズ朝というものが存在し、その25代になんと「富秋足中置天皇」の名があるではないか。しかし本当にその時代に彫られたものならば、今から8000年以上のものということになり、どう考えても風化していないわけがない。


しかしこの疑問は、土地の人の話を聞くに及び解決した。その人の証言によると報告者である溝部さん同様、文字が刻まれた巨石は昔から土地の者には知られてはいたのだが、50年くらい前のある日、謎の僧侶が地主の家に立ち寄り、「この近辺になにか奇妙なものはないだろうか? 見つからなければ大変な事になる」と深刻な面もちで探しに来たという。そこでこの岩のことを教えると、1週間かけて風化していた文字を彫り直し去っていったのだそうだ。確かに60年前に溝部さんが発見した当時はもっと薄かったそうである。とすると、山の民「サンカ」の掟が末裔により今もなお機能しているのだろうか。つまりこの巨石は『生きている遺跡』ともいうべきものなのではないか。言い伝えによれば、全国140数カ所に点在しているといわれる、このような巨石に刻まれたメッセージのメンテナンスを50年〜100年単位で行っているグループが存在するということだ。また、かつては神武天皇以前の歴史を認めようとせず、それを破壊しようとする一派も存在するというのだから、小説のネタにもなりそうな怪しい世界がひろがる。現に、この巨石から50メートルほど下ったところに同じ大きさの巨石があり、そこには人為的にノミで削られたあとが生々しく残されているのだ。


 先の巨石の前には「○山陵 富山」と彫り込まれた石柱がたてられている。○は日輪を意味し、 「陵」の字は高貴な方の墓を意味するという。古文書によると「富秋足中置天皇」 は国東半島の文殊山に大宮を構え、富塚山の藤井(現・富山市)に葬られたという。 この里山のふもとにはかつて「皇居広場」と呼ばれていた一角があり、 近年まで神事が執り行われていたという。 その神事を取り仕切っていたのが藤井氏であったというのは偶然であろうか?  また、このあたり一帯には古代の製鉄所跡が散在し、一大文化圏の存在が推理される。

 

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