立石山メンヒル

周囲約16m・高さ約4m。
大分県別府市立石山山頂にある代表的なメンヒル。
正面には稚拙な線で仏の彫り込みがある。
神亀年間に行基菩薩の開いた温泉寺の一遺跡であるといわれ、故・鳥居龍蔵博士は先史時代の磐境(いわさか)即ちストーンサークルであるとしている。
昔、ふもとの朝見郷の人たちは石神様と崇めて旱天の続く年などは巨火をかざしてこの石神様に雨乞いの祈念をしたという。
以前は中腹にある遊園地から山頂近くまでリフトがあり容易に見物に来ることができたが、現在は廃止され山頂に至る山道も雑草に覆われ到達するには困難を極める。
遠回りになるが、反対側の志高湖駐車場から続く林道を通って行く。

この林道は作業車が出入りするため、一般車両は進入禁止となっている。
したがって、片道約5kmを歩くことになるが、途中には奇岩もあり、自然を楽しむことができる。

巨石配置図
昭和8年発行の旧別府市誌によると、三重のサークル構造らしいが、確認できなかった。
草の枯れた頃に再度訪れようと思う。


メンヒルの裏側は平面的に割れている。

a

b
c
d

e

f

伝 説
 その昔、豊後路に足をふみいれた役の行者は、乙原の滝の岸壁をよじ登り、滝上の巌頭天狗岩に座して護摩を修行していた。
その頃、この立石山には赤と青という鬼が住み、夜な夜な出没しては里人を食い殺し暴力の限りをふるうので、里人はなんとかして鬼どもを鎮めることができないか相談していた。
このとき、ひとりの百姓が進み出て、「何でもこの頃、乙原の滝の天狗岩で修行をなすっているお方は役の行者様とかいって、たいそう偉大な修験者というが、ひとつあのお方にお願いしてみよう」
それがよかろうということになり、代表者が行者にお願いしたところ、枯れ木のような相貌をした行者も快く引き受けてくれたので、村人は安堵の胸を撫で下ろした。
さて、役の行者が立石山に登っていくと、行者の行く手を阻むかのように、行者の辺りだけに恐ろしいほどの豪雨が降り注いだ。
行者が呪文を唱えると、どこからともなく赤・青の鬼があらわれたので、神通力で頂上の大岩に手をかけると軽々とそれを差し上げ鬼どもに向かって投げつけた。
二頭の鬼たちはこの大磐石の下敷きになり、おかげでその後、山麓の村々は静かに暮らしたという。
このことにより、立石山は一方で鬼とじ山、岩は鬼とじ岩と呼ばれる。

BACK